温熱快適性は室温だけでは決まりません。気温、湿度、気流、平均放射温度という環境4要素に、代謝量と着衣量を加えた6要素で人体の熱収支が変わります。26℃でも、冷たい窓面、強い吹出気流、薄着が重なれば寒く感じます。
PMVは集団の平均的な温冷感、PPDはそのPMVから予測する不満足者率、SET*は標準環境に置き換えた等価温度、WBGTは暑熱ストレスの指標です。目的の違う数値を使い分けましょう。
確認日:2026年8月1日。ISO 7730:2025、ANSI/ASHRAE Standard 55-2023、UC Berkeley CBEの計算ツール、環境省のWBGT資料を確認しています。
体温は「産熱-放熱」の収支で決まる
人体は深部体温をおおむね37℃前後の狭い範囲に保つよう調節します。体内で生じる熱と、環境へ逃がす熱がつり合えば蓄熱はほぼゼロです。産熱が放熱を上回れば体に熱がたまり、反対なら冷えていきます。
| 熱収支の要素 | 主なしくみ | 変化する場面 |
|---|---|---|
| 代謝による産熱 | 基礎代謝、筋活動、食事 | 歩行・作業で増える |
| 放射 | 周囲表面との赤外線交換 | 窓・壁・天井温度で変わる |
| 対流 | 皮膚と空気の熱交換 | 気温・気流で変わる |
| 蒸発 | 発汗・不感蒸泄 | 湿度・気流で変わる |
| 伝導 | 接触物との熱交換 | 床・椅子・水との接触 |
旧稿の「常温では放射45%、対流30%、蒸発25%」という固定割合は使いません。放熱割合は、活動、着衣、気温、放射、湿度、気流で変わるからです。穏やかな室内では放射と対流による乾性放熱が大きくなりやすい一方、気温が皮膚温へ近づくほど乾性放熱は減り、蒸発の重要性が増します。
暑いときと寒いときの生理反応
| 環境 | 主な反応 | 目的 |
|---|---|---|
| 暑い | 皮膚血管拡張 | 皮膚への血流を増やす |
| 暑い | 発汗 | 蒸発で熱を逃がす |
| 寒い | 皮膚血管収縮 | 皮膚からの放熱を抑える |
| 寒い | ふるえ | 筋活動で産熱を増やす |
体温調節の中枢は視床下部です。ただし、快適性は生理反応だけでなく、期待、行動、個人差にも左右されます。PMVが中立でも全員が快適になるわけではありません。
温熱6要素を測定値と申告値に分ける
| 要素 | 現場での取得方法 | 見落とした場合 |
|---|---|---|
| 気温 | 温度計 | 基本条件を誤る |
| 湿度 | 湿度計 | 蒸発のしやすさを外す |
| 気流 | 微風速計 | ドラフト・冷却効果を外す |
| 平均放射温度 | 黒球温度等から推定 | 窓・壁の影響を外す |
| 代謝量 | 作業内容からmetを設定 | 活動の産熱を外す |
| 着衣量 | 衣服構成からcloを設定 | 断熱差を外す |
1metは58.15W/m²の代謝量、1cloは0.155m²・K/Wの着衣熱抵抗です。安静座位をおおむね1met、一般的なスーツ一式をおおむね1cloとする例がありますが、実際は姿勢・作業・衣服の組合せから入力します。
気温が同じでも体感が変わる4例
| 条件変化 | 熱収支への影響 | 感じ方の傾向 |
|---|---|---|
| 窓面温度が低い | 放射で熱を失う | 寒い |
| 風速が上がる | 対流・蒸発が増える | 涼しい、局所は寒い |
| 湿度が高い | 汗が蒸発しにくい | 暑い |
| 活動・着衣が増える | 産熱・断熱が増える | 暖かい |
作用温度(OT)は、気温と平均放射温度の影響をまとめた指標です。気流が弱く両者の熱伝達の重みが近い場合は、概算で両者の平均になります。たとえば気温26℃、平均放射温度20℃なら概算作用温度は23℃です。「室温26℃だから暖房不要」と決める前に、放射環境を確認する理由が分かります。
PMVは集団の平均温冷感を予測する
PMV(Predicted Mean Vote)は温熱6要素から、多人数の平均的な温冷感申告を-3から+3で予測する指標です。2025年に改訂されたISO 7730も、PMV・PPDと局所不快感を用いて、健康な人が中等度の室内環境にいる場合の快適性を評価します。
| PMV | 温冷感 | PPDの目安 |
|---|---|---|
| +3 | 暑い | ほぼ100% |
| +2 | 暖かい | 約77% |
| +1 | やや暖かい | 約26% |
| 0 | 中立 | 5% |
| -1 | やや涼しい | 約26% |
| -2 | 涼しい | 約77% |
| -3 | 寒い | ほぼ100% |
正の値は暖かい側、負の値は涼しい側、0は中立です。PMVは個人の感覚を言い当てる値ではなく、設定した条件における集団平均の予測です。
PPDはPMV=0でも5%残る
PPD(Predicted Percentage of Dissatisfied)は、PMVから予測する不満足者率です。代表的な関係式は次のとおりです。
PPD = 100 - 95 × exp[-(0.03353 × PMV4 + 0.2179 × PMV2)]
| PMV | 計算上のPPD | 読み方 |
|---|---|---|
| 0 | 5.0% | 理論上の最小 |
| ±0.5 | 約10.2% | 境界付近 |
| ±1.0 | 約26.1% | 約4人に1人 |
| ±2.0 | 約76.8% | 大多数が不満 |
旧稿の「PMVが0でも不満足者は10%」は誤りです。理論上の最小PPDは5%です。また、PMVの絶対値が同じなら、暖かい側でも涼しい側でもPPDは同じです。
PMVだけで快適判定を終えない
PMVが中立付近でも、窓面からの放射温度の非対称、頭と足首の上下温度差、冷たい床、吹出口のドラフトなど、局所不快感が残ることがあります。ISO 7730は全身のPMV・PPDだけでなく、局所温熱快適性も評価対象にしています。
また、PMVは健康な人が中等度の室内環境にいる場合の評価モデルです。屋外の日射下、強い暑熱作業、急な温度変化、自由に窓を開ける自然換気空間などでは、WBGTや適応的快適性モデルなど目的に合う手法も検討します。
SET*は実環境を標準環境の温度へ置き換える
SET*(Standard Effective Temperature)は、実際の環境と同じ皮膚からの熱損失になる標準的な仮想環境の温度で表す指標です。単位は℃で、気温、湿度、気流、放射、代謝量、着衣量を考慮します。
PMVが「暑い・寒いの平均申告」を無次元の尺度で示すのに対し、SET*は人体熱モデルを使って等価な温度へ換算します。気流を上げたときの冷却効果などを比較しやすい一方、SET*の数値をそのまま法定室温と比較するものではありません。
PMV・SET*・WBGT・作用温度を比較する
| 指標 | 主な目的 | 出力 |
|---|---|---|
| PMV | 平均的な温冷感 | -3~+3 |
| PPD | 不満足者率の予測 | % |
| SET* | 熱損失が等価な標準温度 | ℃ |
| 作用温度 | 気温と放射の統合 | ℃ |
| WBGT | 暑熱ストレス・熱中症予防 | ℃ |
PMVとSET*は快適性評価、WBGTは暑熱リスク評価が中心です。快適でも熱中症リスクを評価すべき作業、快適域を外れても短時間なら健康リスクが直ちに高いとは限らない場面があり、目的を混ぜません。
WBGTは日射の有無で式が変わる
- 屋内・日射なし:WBGT = 0.7 × 自然湿球温度 + 0.3 × 黒球温度
- 屋外・日射あり:WBGT = 0.7 × 自然湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
たとえば屋内で自然湿球温度25℃、黒球温度31℃なら、WBGTは0.7×25+0.3×31=26.8℃です。気温だけでなく湿度と放射の影響を反映します。作業者の代謝、着衣、連続作業時間、暑熱順化、体調も合わせて評価します。
温度苦情を5段階で診断する
- 再現:苦情時刻、場所、座席、作業、服装、継続時間を記録する
- 測る:気温、湿度、微風速、黒球温度を在室位置で測る
- 入力:平均放射温度、met、cloを含めてPMV・PPD・SET*を計算する
- 局所確認:吹出口、窓、床、上下温度差、日射、席配置を見る
- 再評価:風量、吹出方向、遮熱、服装調整等の後に再測定する
建築物衛生法上の温度18~28℃に入っているだけでは、苦情原因を特定できません。基準値は最低限の管理軸であり、居住者の申告と6要素を同じ時刻・同じ場所で結びつけることが改善につながります。
理解度チェック
【問1】PMVが0のとき、PPDの理論上の最小値はいくつですか。
- 0%
- 5%
- 10%
- 25%
- 50%
【問2】気温26℃の窓際だけ寒いという申告で、最初に追加確認したい要素はどれですか。
- 照度だけ
- CO2だけ
- 平均放射温度と気流
- 水質だけ
- 残響時間だけ
【問3】SET*の説明として正しいものはどれですか。
- 温度だけから求める
- 熱損失が等価な標準環境の温度で表す
- 出力は-3~+3だけである
- 熱中症警戒情報の発表値である
- 法定室温と同じ意味である
【問4】屋内で日射がない場合、自然湿球25℃・黒球31℃のWBGTはいくつですか。
- 25.0℃
- 26.8℃
- 28.0℃
- 31.0℃
- 56.0℃
公式・専門機関の確認先
- ISO「ISO 7730:2025」
- ASHRAE「Standard 55-2023」
- UC Berkeley CBE Thermal Comfort Tool
- 環境省「暑さ指数WBGTの測定方法」
- 環境省「熱中症環境保健マニュアル」
- 厚生労働省「建築物環境衛生管理基準」
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まとめ|指標の目的と入力条件を記録する
人体の熱収支は、放射、対流、蒸発、伝導と代謝のバランスで決まります。PMV・PPDは平均的快適性、SET*は等価温度、作用温度は気温と放射、WBGTは暑熱ストレスを評価します。
計算結果だけを保存せず、測定位置・時刻、気温、湿度、気流、平均放射温度、met、cloを残してください。PMVが中立でもPPDは5%残り、局所不快感や個人差もあります。基準値、モデル、居住者の申告を組み合わせて改善します。
制度・規格確認日/最終更新日:2026年8月1日
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