IPMは「薬剤を使わないこと」でも「害虫をゼロにすること」でもありません。区域ごとに責任者と目標水準を決め、同じ方法で調査し、結果に合った措置を取り、同じ方法で再評価する管理手順です。最後に記録が残って初めて、次回の判断と監査に使えます。
法令上は、原則6月以内ごとに1回の統一的調査、発生しやすい場所は2月以内ごとに1回の調査、必要な措置、承認薬剤の使用が軸です。さらに特定建築物の防除状況等の帳簿は5年間保存します。IPM計画は、この「6か月・2か月・5年」を一枚の台帳につなぐと運用できます。
制度・資料確認日:2026年8月8日。建築物衛生法・同施行規則、平成15年厚生労働省告示第119号、厚生労働省「建築物における維持管理マニュアル」、事業登録制度の現行案内を確認しました。個別生物の指数・調査法は重複を避け、関連記事へ分担しています。
結論|IPMは7項目が閉じたときに機能する
1つでも抜けると、IPMは標語になります。たとえば「トラップを置いた」が記録されても、目標水準と再調査がなければ成功か失敗か分かりません。「薬剤散布済み」でも、対象区域・使用量・効果判定がなければ次回の改善に使えません。
法令の義務と、マニュアルの運用例を分ける
試験でも現場でも、ここを混ぜないことが重要です。
| 根拠 | 求めていること | 読み方 |
|---|---|---|
| 施行規則第4条の5 | 6月以内ごとに統一的調査、結果に基づく必要措置 | 法令上の義務 |
| 告示第119号 | 発生しやすい場所は2月以内ごとに調査・必要措置 | 法令に基づく技術基準 |
| 施行規則第20条 | 防除状況等の帳簿を5年間保存 | 保存義務 |
| 維持管理マニュアル | 組織、目標水準、調査、措置、評価、記録のモデル | 管理方法の一例 |
「許容・警戒・措置」の標準的な目標水準は、厚生労働省マニュアルが示す運用モデルです。マニュアル自身も、建物や区域の状況に応じ、関係者が協議して個別水準を設定できるとしています。ただし、所定値から大きく外れた都合のよい水準を作ることは想定していません。
逆に、食品取扱区域や医療・乳幼児関連区域など、わずかな発生でも影響が大きい場所では、標準値より厳しい目標が必要なことがあります。生物名だけでなく、区域の用途と利用者を目標設定に入れます。
6か月調査と2か月調査|建物を頻度別に色分けする
6か月と2か月は、同じ建物内で併存します。まず平面図を区域に分け、頻度を割り当てます。
| 頻度 | 対象 | 計画上の扱い |
|---|---|---|
| 6月以内ごと | 建物全体のねずみ等の生息状況 | 少なくとも年2回の統一調査 |
| 2月以内ごと | 食料取扱区域、排水槽、阻集器、廃棄物保管設備の周辺など | 少なくとも年6回の重点調査 |
| 異常時 | 目撃・苦情・工事・漏水・テナント入替後など | 定期日を待たず臨時調査 |
「年2回の契約だから全区域を年2回」では、厨房や排水槽周辺の2か月以内ごとを満たしません。一方、全フロアを毎月同じ深さで調べる必要があるとも限りません。リスクの高い区域へ頻度と調査密度を寄せるのがIPMです。
【計算1】5区域の建物では、年10回ではなく22区域回
年間計画を、作業日数ではなく「区域を1回調査する=1区域回」で数えます。
建物の区分:厨房、排水槽周辺、廃棄物保管設備周辺の3重点区域+事務室、機械室の2一般区域
重点区域 = 3区域 × 年6回 = 18区域回
一般区域 = 2区域 × 年2回 = 4区域回
年間合計 = 18+4 = 22区域回
全5区域を年2回だけなら10区域回です。重点区域を正しく2か月頻度へすると22区域回になり、2.2倍です。契約見積りで回数だけを見ると不足します。区域一覧、頻度、1回当たりの調査内容をそろえて比較してください。
ここでの22区域回は最低頻度を単純化した計画例です。発生季節、過去の苦情、隣接工事、テナント業態によって臨時調査を加えます。たとえば夏季の蚊は約11日で卵から成虫へ進み得るため、屋外の水たまりを2か月ごとに見るだけでは遅い、という判断も必要です。
区域台帳|「どこで・何を・誰が」を一行にする
IPM計画の土台は、建物全体を一括した文章ではなく区域台帳です。
| 台帳項目 | 記入例 |
|---|---|
| 区域ID・用途 | B1-D1/地下排水槽周辺 |
| 対象・証跡 | チカイエカ/成虫・幼虫・吸血苦情 |
| 発生源・侵入経路 | 連通管、マンホール隙間、通気管 |
| 調査法・位置 | 目視+ライトトラップ/図面番号T01〜T04 |
| 目標・頻度 | 許容水準/2月以内+異常時 |
| 担当 | 設備担当、委託業者、承認者 |
| 措置候補 | 清掃、ネット補修、必要時の承認薬剤 |
トラップには番号を付け、平面図と一致させます。「厨房に10枚」だけでは、次回どこへ置くか、どこに集中したか、1枚回収できなかったのかが分かりません。位置を固定できないときは、変更理由と新旧位置を記録します。
役割分担|環境整備まで防除業者へ丸投げしない
| 役割 | 主な責任 |
|---|---|
| 維持管理権原者 | 方針、予算、区域調整、環境整備、利用者周知を決定 |
| 建築物環境衛生管理技術者 | 計画・結果を監督し、改善意見を述べ、記録を確認 |
| 設備・清掃担当 | 漏水、封水、清掃、廃棄物、隙間等の日常改善 |
| テナント・利用者 | 食品・ごみ管理、目撃・被害の早期報告、作業協力 |
| 防除業者 | 専門調査、同定、計画提案、作業、効果判定、報告 |
厚生労働省マニュアルは、発生源対策のうち環境整備等を建築物維持管理権原者の責任で実施するとしています。厨房機器裏の残菜、漏水、ダンボール放置、廃棄物容器の汚れを放置したまま、業者へ「薬剤で何とかして」と依頼するのはIPMではありません。
一方、薬剤の選定・調製、種の同定、抵抗性確認など、専門性が必要な作業を建物側だけで抱える必要もありません。責任の丸投げではなく、建物側の環境改善と業者の専門作業を同じ計画で接続します。
標準的な3水準|ゼロを目標にしない理由と例外
| 水準 | 意味 | 基本対応 |
|---|---|---|
| 許容 | 環境衛生上、良好 | 定期調査を継続 |
| 警戒 | 放置すれば問題化する可能性 | 清掃・整理・発生源・侵入経路を見直す |
| 措置 | すぐに防除作業が必要 | 環境対策と必要な器具・薬剤処理を実施 |
全生物を常にゼロにしようとすると、見落としや再侵入があるたびに過剰な薬剤使用へ傾きます。そのため、標準的な目標水準で管理します。ただし、これは「少しくらい食品へ混入してもよい」という意味ではありません。区域用途や生物種によって健康・営業への影響が違うため、どの指標をどこまで許容するかを事前に決めます。
ねずみの無毒餌・黒紙と3水準は「ねずみの生態と防除」、ゴキブリ指数とダニは「ゴキブリ・ダニの防除」、チカイエカ・ハエ・コバエの水準は「蚊・ハエの防除」に分担しています。
措置計画|「薬剤名」より先に原因と範囲を書く
措置水準へ達したときは、次の順で計画します。
- 捕獲・目撃・被害が集中する発生源を特定する
- 食品、水、隙間、廃棄物、温湿度などの環境要因を直す
- 侵入口・移動経路を閉じる、吸引・捕獲などの物理的措置を行う
- 不十分な場合、対象と場所に承認された薬剤を必要範囲へ限定して使う
- 事前と同じ調査法・地点・期間で効果判定する
- 未達なら、同定・施工条件・再侵入・抵抗性を調べて再計画する
「毎月第1日曜に全館噴霧」は、調査結果が計画に入っていません。「厨房T03で措置水準。グリストラップ清掃と配管隙間補修後、T03周辺の隙間へ承認製剤を局所処理し、3日後に同地点で再調査」のように、結果と措置が因果でつながる文章にします。
薬剤の承認、LD50、希釈量、曝露管理は「殺虫剤・殺鼠剤の安全管理」で確認してください。
効果判定|施工前後の条件をそろえる
防除前は10枚を7日、後は30枚を1日——これでは捕獲数を比較できません。少なくとも次の条件をそろえます。
- 対象区域とトラップ位置
- トラップの種類・大きさ・番号
- 設置数と設置期間
- 調査時刻・曜日・施設の稼働条件
- 捕獲数だけでなく、1個ごとの内訳
- 目撃・苦情・証跡の聞き取り方法
条件変更が必要なら、変更前後を別系列として記録します。施工後の捕獲数がゼロでも、トラップを発生源から遠ざけていれば改善の証拠になりません。再現できる調査条件が、効果判定の土台です。
5年記録|「作業した証拠」から「判断できる記録」へ
施行規則第20条は、空気環境、給排水、清掃、ねずみ等の防除の状況を記載した帳簿書類を5年間保存するよう定めています。防除記録は、請求書や作業完了印だけでは足りません。
| 記録項目 | 残す内容 |
|---|---|
| 基本 | 日時、区域、責任者、実施者、天候・稼働状況 |
| 調査 | 方法、位置、数、期間、虫種、個別結果、被害 |
| 判定 | 採用した目標水準、該当水準、判定理由 |
| 措置 | 環境・構造・物理・化学の内容、実施場所 |
| 薬剤 | 製品名、承認区分、希釈、使用量、ロット等 |
| 安全 | 周知、養生、立入、換気、保護具、異常の有無 |
| 評価 | 再調査条件、結果、目標達成、残課題、次回日 |
記録は「5年間置いておく紙」ではありません。前年同月の発生点、同じ設備故障、同じテナントの廃棄物問題を見つけるデータです。位置別の結果を積み上げれば、薬剤使用量ではなく、警戒・措置区域の減少、再発間隔、構造不良の解消率で改善を評価できます。
【計算2】回収率95%は、2枚の不明点を残す
条件:調査用トラップ40枚を設置し、38枚を回収
回収率 = 38 ÷ 40 × 100 = 95%
未回収 = 2枚。捕獲データ欠落と、利用者・食品・設備への残置リスクが残る
95%を高いと評価して終わらせてはいけません。未回収2枚が発生源付近なら、指数と水準判定が変わる可能性があります。粘着・圧殺式トラップは取り忘れがないよう確認することも、維持管理マニュアルの作業上の留意点です。設置番号、図面、回収チェックを一組にします。
外部委託|登録は任意だが、選定材料になる
建築物ねずみ昆虫等防除業の都道府県知事登録は、営業許可ではありません。厚生労働省は、未登録事業者が業務を行うことを制限する制度ではないと明記しています。一方、登録営業所は物的・人的・作業方法の基準を満たすことが確認されます。
- 登録は営業所ごとで、有効期間は6年
- 防除作業監督者と研修修了従事者の人的基準がある
- 調査用トラップ・実体顕微鏡、噴霧機・散粉機、真空掃除機、防毒マスク等の設備基準がある
- 機械器具・薬剤の専用保管庫などの基準がある
委託先を選ぶときは、会社名だけでなく契約する営業所の登録期限を確認します。ただし登録票があれば報告書の質まで自動的に保証されるわけではありません。区域台帳、個別捕獲数、判定根拠、薬剤使用量、再評価まで提出できるかを仕様書に入れます。登録8業種全体の制度は「建築物衛生法の事業登録8業種」で解説しています。
監査できる報告書のチェックリスト
- 対象区域とトラップ位置が図面で特定できるか
- 個別捕獲数と総数、未回収数があるか
- 目標水準と判定理由が書かれているか
- 発生源・侵入経路・環境不良が具体的か
- 建物側と業者側の改善担当が分かれているか
- 薬剤の製品名、量、場所、承認用法が追えるか
- 事前周知、養生、換気、異常の有無があるか
- 効果判定の方法・結果と、次回調査日があるか
「異常なし」「薬剤散布済み」だけの報告書では、翌年の担当者が同じ判断を再現できません。IPMの品質は、薬剤の強さではなく判断の追跡可能性で見ます。
理解度チェック|5択4問
Q1. 特定建築物のねずみ等防除に関する法令とマニュアルの関係として、最も適当なものはどれか。
(1) 許容・警戒・措置の全数値が法律本文に規定されている (2) 施行規則は6月以内ごとの調査を定め、マニュアルは目標水準や手順の運用例を示す (3) マニュアルの手順に従えば5年記録は不要 (4) 2月以内ごとの調査は全区域に一律適用される (5) IPMは薬剤を一切使わない法的制度である
Q2. 重点区域3か所を年6回、一般区域2か所を年2回調査する場合、年間の区域回数はいくつか。
(1) 10回 (2) 12回 (3) 18回 (4) 20回 (5) 22回
Q3. 防除前後の効果判定として、最も不適当なものはどれか。
(1) トラップ位置と番号を図面に残す (2) 設置数と期間をそろえる (3) 条件変更時は理由を記録する (4) 防除前10枚7日、後30枚1日の総捕獲数だけを比較する (5) 捕獲数と目撃・苦情を照合する
Q4. 建築物ねずみ昆虫等防除業の登録に関する記述として、最も適当なものはどれか。
(1) 登録がなければ防除業務を行えない (2) 登録は会社単位で永久に有効 (3) 登録は営業所ごとで6年有効だが、未登録事業者の業務を禁止する制度ではない (4) 登録には人的基準がない (5) 登録票があれば効果判定は不要
公式の確認先
- e-Gov法令検索「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」
- e-Gov法令検索「同施行規則」(第4条の5・第20条)
- 厚生労働省「建築物環境衛生管理基準について」
- 厚生労働省「建築物における維持管理マニュアルについて」
- 厚生労働省「建築物における維持管理マニュアル 第6章」
- 厚生労働省「建築物における衛生的環境の確保に関する事業の登録について」
- 厚生労働省「建築物におけるねずみ、こん虫等の防除における安全管理について」
まとめ|IPMの成果は、作業量ではなく再現できる判断
IPMは、区域、責任者、目標水準、統一調査、判定、必要措置、再評価、記録をつなぐ管理手順です。法律上は6月以内ごとの調査、発生しやすい場所は2月以内ごとの調査が基本で、防除状況等の帳簿を5年間保存します。
重点3区域を年6回、一般2区域を年2回調査する例では、年間22区域回です。単純な全区域年2回の10区域回とは2.2倍違います。契約回数ではなく、区域と頻度を確認します。
効果判定は、位置・トラップ・数・期間・稼働条件をそろえます。40枚中38枚回収なら95%ですが、未回収2枚はデータ欠落と残置リスクです。作業完了印ではなく、次の担当者が同じ判断を再現できる記録を残します。
演習は「IPMと防除計画・調査法 ミニテスト第1回」、科目全体は「ビル管理士 科目4・5・6・7の出題傾向と攻略法」で確認してください。
制度・資料確認日/最終更新日:2026年8月8日
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